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【連載】人的資本経営の実務を全体的に捉えるために(4) 人的資本経営の国内における実務プロセス

公開日:2024/02/03

人的資本経営の実務的なプロセスを考えてみたいと思います。

人的資本経営を実施し開示する段階に至るまでには、結論から言いますと大きく4つの段階の実務があると言えます。これは様々な企業の現場の実務の情報と、基盤となる人的資本経営の法制度などを総合しまとめたものです。このプロセスで進めないとどこかの段階で巻戻りが生じたり、効果的でない実践になったりしてしまうと思われます。人的資本経営がうまく行っていない場合、プロセスに問題がある事が多いものと思います。

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人的資本経営の認識のすり合わせ

1つ目は、人材戦略に関する認識のすり合わせです。人的資本経営で一番大切なことは、人的資本経営という名称のごとく「人的資本に基づいた経営の方法」だということです。

経営の方法として人的資本を重視することが大前提であり、その前提がないと開示も行うことができません。開示を無理に行ったとしても「誰が見ても形式的で意味が薄い開示」になってしまいます。

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その実感値から明らかだと感じているのですが、経営戦略と人材戦略の繋がりを意識して、経営層が検討を行うことをしないと人材戦略も人的資本の開示内容も明らかに内容が薄いものになります。
特に問題視しなければならないのは、制度開示の個別の事項やISO 30414等の指標、マテリアリティなどとも呼ばれますが、そういった事実の収集と開示を重んじすぎてしまい、独自のストーリーが薄く散発的になってしまうことです。
また、ISO 30414やその他のマテリアリティの情報収集と解釈を行った実感値として、定量的な情報を完全に羅列したり、既存の指標の体系を重視したりして開示することを検討し、そこに経営的なストーリーを付加する、というのは非常に難しいです。任意的な指標の体系は、独自のストーリーと適合しやすい体系や順番になっていません。

人的資本の開示とは「人材戦略の課題や内容、進捗事実の発表」であり、そのことは行政資料や海外の先行事例からも明らかであると言えます。こうしたことを行うために、必ず行う必要のあるものが、「そもそも人的資本経営をどういうものとして認識し、進めるか」ということのすり合わせです。
つまり、この実務プロセスを基軸に、人的資本経営のマテリアリティ(エンゲージメント・ダイバーシティ・人材育成‥)等の意味や実践方法を、経営者を含む関係者全員で共通認識として合意しておくということです。これによって充実した検討が可能になります。

国外の先行している人的資本の情報開示の事例でも、優れているとされるものには極めて厚い経営的な検討とストーリーが例外なく見られます。事実の把握を行った上で経営面での戦略と繋がる人材戦略について検討し、人材戦略の各論や優先順位、KPIを決定した上で開示している人的資本の開示と、そうでない開示は一見して違いが分かるものです。

こうしたことの基盤になるのが「人的資本経営の認識すり合わせ」です。

過去の関連情報の整理と論点の抽出

2番目が過去の関連情報の整理と論点の抽出。これは、現在に至るまでの人的資本経営に関わる方針や運用を棚卸ししてまとめるということです。何か補足的に行うという意味合いではなく、人材戦略の策定や開示の上で必須のタスクです。

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これは、

・人的資本経営に強く関係する法制度のこれまでの実務運用の情報
・人事制度や労務制度、育成に関する方針や情報
・その他関連する、外部に発信している人事に関連する方針等

についてどのようなものがあり、それぞれについてどのようなことを発表しており、人的資本経営や開示に関わる点は何か、ということを前提として分析するということです。

先程の1番目の人的資本経営についての認識のすり合わせは最も重要ですので、まずはそこを蹴り出すことは最初に重要だと思いますが、同時並行かあるいは前提として、この2番目の情報分析がされていないとやることが巻き戻ってしまったりすることになりかねません。

より具体的には、たとえば人的資本の開示に関する社内の書面というのは下記のような書面類があると思います。これらは全て人材戦略や人的資本の開示に関わるものです。
特に制度開示に関連する要素として、たとえば300人以上程度の企業ではほぼ必ず、下記のような整理すべき書面群があると考えられます。企業規模問わずこういった情報や取り組みは色々と存在するものだと思われます。(これらの書類に限定する趣旨ではありません)

・女性活躍推進法の一般事業主行動計画
・育児介護休業法の一般事業主行動計画
・同一労働同一賃金観点での賃金差の説明書・社内整備の内容等
・健康経営認定関係・労働安全衛生関係の宣言や開示事項
・ハラスメント関係の宣言事項やその他の指針
・人権デューデリジェンス上の開示事項
・ほか社内で報告している労務監査記録や内部監査記録
・就業規則や賃金規程などの関連方針
・ESG関係の開示事項
・現行の有価証券報告書の組織関係事項の開示内容
・統合報告書・サステナブル報告書等の関連内容
・諸部署で行われている、現状の育成計画や研修内容
・人事制度の方針やルール類
・採用要件や採用の方針等

こうした過去の取り組みや現状把握をまずは整理をした上で人材戦略に繋げる必要があり、そのように進めないと現状開示されていたり社内で認識されていたりする実態や方針とズレてしまうことになりかねません。

また上記書面はセクションが多い企業では、経営企画・IR財務・ESG・人事企画・人事労務・福利厚生・健康管理などの各部署に分かれて分掌されている場合が多いとため、それぞれの方針が整理されていないと経営上の重要な要素が漏れ、矛盾した施策を行っていくことにもなってしまいます。

2023年11月現在においても、公開されている女性活躍推進法の開示内容と、サステナビリティ関係のダイバーシティの方針がずれた内容になっている企業が多く、また現場でお聞きしても、人的資本経営と開示の検討に伴って、こうした内容の再検討を行う認識を持っていない企業があります。情報の整理と担当の体制含めて整備をする必要性が高いため、必ず検討する必要があると思います。

他にも、次世代法・副業ガイドライン・健康経営等の制度開示についても同じようなことが言えます。ほか賃金関係では同一労働同一賃金の方針も、人的資本経営と繋がりが深いものだと言えます。報酬や人的資本の効果性、セグメント別の分析で不可欠な情報のはずです。こうした情報を整理する必要があります。場合によっては、情報を整理するためには人事制度・労働法務等について外部の専門家や第三者に相談した方がスムーズに進む場合も多いと思われます。

システムの導入や体制の構築

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3番目はシステムの導入や体制の構築です。HRテクノロジーなどをはじめとするシステムの整備、また人的資本に関する体制の整備のことです。必須度が高いものであると言えます。HR関係の情報システムについては世の中に色々な情報があります。

ただし「システムを導入すること自体が人的資本経営だ」という意味合いに近い論調には注意が必要だと思います。繰り返しになりますが、システムでストックしたデータ自体やシステムの機能自体、あるいはデータを開示することそれ自体にはあまり意味がありません。
人的資本による戦略の設定、今までの運用との整理、状態の評価とKPI設定とそのプロセスが人的資本経営であって、システムはあくまでその制度を上げるツールだということは重要な留意点です。

また、こうした情報基盤の整理と共に「2 過去の関連情報の整理と論点の抽出」のプロセスと接続した形で整備方法を検討すべきだと思われますが、社内の体制や担当の役割の配分の検討と決定、年間のスケジュール決定等を行うことも重要なことです。

各論的な体制の問題として今までに支援した企業で散見されたのが、経営企画部門やESG部門、IR系の部門が人的資本経営の開示や人材戦略を主導する場合、人事制度の実運用や、人事労務関係の運用や認識が薄くなり、明らかに人事制度へ接続する対応や開示情報が不十分になりそうな企業が散見されたことです。この認識も企業によってはっきり有無が分かれるため、注意が必要であると思われます。

また、人的資本経営において実務的に整備すべき情報の範囲は広いため、本書の情報も活用し、各分野の担当者・責任者の視野が自由に発言できるようなプロジェクトの体制を組むことも重要なことであると思います。

継続的議論と実践・開示方法の検討

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4の継続的議論と実践・開示方法の検討については、1~3の検討結果を踏まえて社内で施策を実施し、継続的に進行させ、開示していくことを指します。施策の実施や開示については、「最初から完璧なものにして開示する必要はない」ということが重要であると言えます。

特に「自社にとって課題点である情報は出さないようにする」ことを行おうとすると、第三者から見て「課題認識ができていないのではないか・事実の認識が漏れているのではないか」と思わせるような結果に繋がることが多いと感じられます。

開示に関する先行事例や支援経験から考えて、開示したくない内容についても「整備中である」ということや「課題認識を持っている」ということ自体を開示した方が良いことが多いのではないかと思われます。こうした、少しずつ開示を踏まえて進んでいくアプローチ方法は、人的資本可視化指針にも表現されています。

また、人的資本の「開示」ということは、何をどのように、どういった媒体で開示するのか、ということは、法的義務があるものに限られるものではなく、限定がないことにも注意が必要です。有価証券報告書の開示と、女活法や次世代法の開示以外は形式に限定がありません。

また人材戦略は社内制度全般に影響を及ぼすことから、「社内で開示する」ことへの対応や考え方も重要です。現在の人事制度や、社内の人事労務制度や様々な経営的な発信情報とのすり合わせも重要です。社外へ開示する場合も、積極的な人に関する施策であるため、広報や採用とも接続性を高く考えることが重要です。

こうした検討を踏まえ、開示媒体ごとにどのように考えて行けばいいのか、どんなターゲットにどのような情報を掲載し開示すればよいのか、ということにも注意が必要でしょう。こうした社内と社外の開示方法についてはターゲットに応じた検討が必要であると思われます。

以上のような人的資本経営の進行のプロセスは、多くの企業を見ても充実した人的資本経営のために必須で基本的なことである割に、あまり情報がないものだと思います。留意して実務を行うことが重要でしょう。

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