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【連載】人的資本経営の実務を全体的に捉えるために(8) 企業におけるメンタルヘルスの重要性と方法論 ~基本的な考え方・精神疾患と予防・健康経営・ストレスチェック

作成者: 松井 勇策|Jun 21, 2024 12:13:00 AM

現在の日本社会におけるストレスとメンタルヘルスの問題

近年、働く人々のストレスや精神疾患が深刻な社会問題となっており、企業においても従業員のメンタルヘルスケアが求められています。特に、うつなどの精神疾患はその影響が大きく、早期の対策が重要とされています。身の回りを見ても、仕事やキャリア、また生活と仕事との両立などに関して悩んでいる方、また、心が不調なのではないか、と感じる方は多いのではないでしょうか。

こうしたメンタルヘルス課題の多くの場合の原因となるのが仕事や生活におけるストレスです。企業において働く方のストレスのもたらす課題に対応するには、ストレスの発生する構造と要因や、心身症と精神疾患など、心理や医療の基礎的な内容を理解することが大切です。特に「職業性ストレスモデル」がよく採り上げられています。このモデルの理解を通じ、ストレス要因から疾病に至るまでの構造を理解することで対応策が見えてきます。また、具体的なメンタルヘルス不調の内容を理解することも重要なことです。

その上で、 職場でのメンタルヘルスの対応策についての代表的な制度や方法論である、「心の健康づくり計画」「健康経営」「ストレスチェック」を採り上げます。これらはまず企業で制度的に取り組むべきものの代表例です。

職業性ストレスモデルとその重要性、企業におけるメンタルヘルスの基本

職業性ストレスモデルは、職場におけるストレスの発生源とその影響を理解し、効果的に対処するための枠組みです。このモデルの重要性は、職場の環境が従業員のメンタルヘルスに及ぼす影響を分析し、それに基づいて予防策や介入策を導出する点にあります。企業におけるメンタルヘルス対策は、多くの場合、この職業性ストレスモデルに基づいて考えられています。

内容で最も重要な「ストレス」とは、ストレッサー(ストレスの原因)とそれによって引き起こされるストレス反応(生体の諸バランスが崩れた状態)を合わせた総称です。ストレスは身体的・精神的な様々な症状や病気を引き起こす原因となると言われています。こうしたストレスが疾患に繋がる仕組みが職業性ストレスモデルです。

職業性ストレスモデルは米国立労働安全衛生研究所(NIOSH)によってまとめられました。メンタルヘルス不調は、その人に病気になる素質(個人的要因)があれば軽度のストレスでも起きることがあり、また素質が少なくても強いストレス環境では引き起こされることがあるということです。誰でも不調になり得るということと、生活・仕事・環境の改善やストレスへの対処で防ぐことができる、ということがポイントです。

企業内でのメンタルヘルス対策は、多くの場合、このモデルに基づいて考えられています。職業性ストレスモデルは、ストレス要因、ストレス反応、そしてストレスの結果という三つの主要な要素から成り立っています。

ストレス要因には、仕事の要求、職場の環境、職務内容、人間関係などが含まれます。一方、個人要因とは、ストレスに対する認識や対処能力、個人の歴史や経験を指します。これら二つの要素が相互に作用し、ストレス反応を起こします。そして、疾病などの心理的、身体的、行動的な健康問題に至るとされています。

職場の環境が従業員のメンタルヘルスに及ぼす影響を分析し、それに基づいて予防策や介入策を導出することが、このモデルの大きな目的です。ストレスは従業員の健康を害し、生産性を低下させる可能性が高いため、企業にとっては職場のストレス要因を特定し、それを管理するための戦略を立てることが不可欠です。これにより、ストレスによるメンタルヘルス問題を予防し、職場の健康と生産性の向上に貢献します。

職業性ストレスモデルは、従業員が直面する可能性のあるメンタルヘルスの問題に対して企業がより積極的に対処するための基盤を提供します。ストレスが原因で発生する可能性のあるメンタルヘルス問題を予防するためには、職場環境の改善が重要です。

さらに、職場でのメンタルヘルス問題に適切に対応しない企業はこのモデルによって因果関係が推定されることにもなり、さらに労災に関する基準等によって法的な責任を問われる根拠ともなります。

メンタルヘルスの不調と心身症・精神疾患

メンタルヘルス不調は「誰でもなる可能性のあるものだ」という点が重要です。その上で、メンタルヘルス不調には心身症・精神疾患といった分類があります。これらを理解し、代表的な疾患について理解することも重要なことです。

心身症とは、心に何らかの要因があって胃潰瘍や狭心症など身体に現れる症状の総称です。心に症状が現れる精神疾患を含みません。それに対して、心の不健康な状態を総称して精神疾患といいます。心身症や精神疾患では素質によるものもありますが、環境要因によるものも多いです。仕事おいては、ストレスが重要な関係を持つと言われています。

下記に、職業生活の中でしばしば見られる心身症と精神疾患について数個とりあげます。

代表的な心身症の種類
・過敏性腸症候群
 検査では異常が見られないものの、腹痛などを伴って便秘や下痢が続く病気です。
・緊張性頭痛
 検査では身体の異常が見られないのに起こる頭痛を特徴とする病気です。
・摂食障害
 食行動の異常による障害で、肥満への恐怖感が特徴です。拒食症と過食症の2つの分類があります。

代表的な精神疾患の種類
・うつ病
 全身倦怠感、頭重感、食欲不振などの身体症状が現れ、その後、興味の減退・快体験の喪失(シャワーなど心地よい体験が感じられなくなる)が2週間以上続くとうつ病が疑われる状態となります。最も多い精神疾患です。
・躁うつ病(双極性障害)
 うつ病に見られる「うつ状態」と、活発になったり怒りっぽくなったりする「躁状態」を繰り返す症状が特徴となる精神疾患です。
 精神疾患は他にも、アルコール依存症・パニック障害・適応障害・睡眠障害・発達障害・統合失調症などが代表的なものとして知られています。

メンタルヘルスの考え方・現状把握と課題への対応

今までに見てきたように、メンタルヘルス不調は社会的にも重要な問題であり、1社1社の企業から見ても重要視される問題です。戦略的にメンタルヘルス対策を設計するにはどうすればいいのかを考えたいと思います。

まず、企業が取る手段は、一次予防・二次予防・三次予防に分けられます。

・一次予防
 病気になる前の健康者に対して、病気の原因と思われるものの除去や忌避に努め、健康の増進を図って病気の発生を防ぐなどの予防措置をとることを一次予防といいます。

・二次予防
 病気になった人をできるだけ早く発見し、早期治療を行い、病気の進行を抑え、病気が重篤にならないように努めることをいいます。

・三次予防
 病気が進行した後の、後遺症治療、再発防止、残存機能の回復・維持、リハビリテーション、社会復帰などの対策を立て、実行することをいいます。

既にメンタルヘルスの不調が出てしまっている方への対応が三次予防に関することですので緊急性が高く、課題への対応は三次予防→二次予防→一次予防の順番に取り組んでいくのが良いと思います。

それぞれの予防方法として現在の状況をまとめ、状況把握の上で
(1)現在の推進状況の把握
(2)課題を整理
(3)問題の企画
という順に考えていくということが考えられます。

では具体的にどのような手段が取り得るのかを見ていきます。

■メンタルヘルスケアへの対応方法1 心の健康づくり計画

2006年3月に厚生労働省から出された「労働者の心の健康の保持増進のための指針」では企業において「心の健康づくり計画」を定めることが推奨されることになりました。

これは、メンタルヘルスケアに関する企業の方針を決定し、社内・社外に表明し、かつ活動スケジュールや体制の基となる事項を決定し、行っていくためのものです。

内容として、企業の代表者が宣言する、メンタルヘルスケアに関する基本方針や社内の体制、そのほか具体的な実施の計画までを定めることになっています。

■メンタルヘルスケアの対応方法2 健康経営

さらに「健康経営」の促進の政策が行われています。従業員の健康に繋がる一定の施策を行った企業に対し「健康経営」として認定するというものです。

従業員の生産性への注目や、メンタルヘルスを含めた健康問題が広く社会的に問題として意識されてきたことが背景にあります。

そうした中で「従業員の健康を積極的に改善すると、生産性が強化され向上できる」という考え方が広く採り上げられるようになりました。メンタルヘルスケアについても、より積極的に向上させるような施策を採ることが生産性を向上させる、という考え方に繋がっています。

こうした健康経営の取り組みの中で、前項の「心の健康づくり計画」の宣言や体制整備、ほか様々なメンタルヘルスケアを含む健康への取り組みを行うことが基本的な要件となっています。

健康経営の評価も一つのプロセスとして、個人の健診結果の改善や生活習慣の改善が図られ、それにより長期欠勤等の社員の仕事への身体的・事実的な障害の解消や、個々人の生産性の改善といった意欲の向上が図られることや、この個人個人への効果が組織としての従業員満足度向上や、コミュニケーション活性など組織的効果として現れ、さらに健康経営実践により、対外的な PR 効果として人材の維持・確保の容易性や、ブランディング効果も生まれることが目指されています。

■メンタルヘルスケアへの対応方法3 ストレスチェック

2015年12月1日に労働安全衛生法に導入されたストレスチェック制度は、従業員50名以上の事業場において年に1回実施が義務化されており、それ以外の企業にも努力義務が課されているものです。

この制度の目的は、従業員のストレスレベルを定期的に測定し、ストレスによる健康障害を予防するとともに、職場環境の改善に寄与することにあります。

ストレスチェックでは、①ストレス要因、②ストレス反応、③周囲のサポートに焦点を当てた調査票を使用し、従業員のストレス状況を評価します。

ストレスチェックの実施においては、まず調査票に基づいて従業員が自身のストレス要因、ストレス反応、周囲のサポートについて回答します。このプロセスを通じて、企業は従業員個々のストレスレベルとその原因を把握することができます。得られたデータは、従業員のメンタルヘルス状態を評価し、必要な対策を講じるための重要な基盤となります。

調査の結果は、個々の従業員に対してフィードバックされます。ストレスレベルが高いと判定された従業員には、医師やカウンセラーとの面談が提案されることもあります。このステップは、ストレスに関する問題を早期に特定し、適切な対処を行うために不可欠です。

ストレスチェックの実施においては、従業員のプライバシーの保護が重要です。調査結果は個人が特定されない形で管理され、個々のメンタルヘルスの情報が適切に扱われるようにしなければなりません。匿名性の保持は、従業員が自身のストレス状態について正直に回答することを促し、正確なデータの収集に寄与します。

企業にとって、ストレスチェックの戦略的な活用は、メンタルヘルス対策の中核を成すものです。定期的なストレスチェックを通じて得られた情報は、職場環境の改善や従業員のメンタルヘルス支援プログラムの設計に役立ちます。これにより、ストレスに起因する問題を予防し、従業員の健康と企業の生産性を維持することが可能になるのです。