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【連載】人的資本経営の実務を全体的に捉えるために(2) 制度の整理と政策の流れ-2

作成者: 松井 勇策|Jun 21, 2024 12:05:00 AM

前回は、人的資本経営の実務を全体的に捉えるために、以下の2つに分け、2020年までの、現在の人的資本経営に繋がる国内外の制度の流れを分解して解説しました。

1 法律や制度を改善し、少子高齢化にまつわる問題を多様な働き方の実現で克服する「働き方改革」などの雇用に関する制度改革の流れ
2 ESG経営(企業が環境・社会・法令遵守などを重視すべきとする経営の考え方)や無形資産の価値測定を重視する欧米で始まった流れ

この1と2が日本に置ける人的資本経営を形作っている大きな2つの要素と直接結びついており、根本的な目的としては、働く方の多様な活躍ということで同じではありますが、具体的なタスクから法令・制度的な扱いまで全て異なっています。

そのため、これらをそもそもの制度の流れまで分解して捉えることが有効であるということをお伝えしました。今回は2020年以降の政策や制度の流れに関する解説をする内容ですが、前回の原稿で捉えた政策の流れをもとに捉えると、どのように起業で扱えばいいか、本質と実務が非常によく見えてきます。
現在の人的資本経営の実務で直接参照される制度について、時系列で解説をしていきます。

2020年8月
SEC(米国証券取引員会)が人的資本に関する情報開示ルールの義務化を決定

ESG経営や無形資産を重視する欧米などで行われている流れの中での出来事

2020年8月にSEC(米国証券取引委員会)が人的資本に関する情報開示ルールの義務化を決定しました。これにともない、アメリカの上場企業では人的資本の情報開示が必須となっています。]

施策によって、従来の財務指標のみでは発見できなかった実態が可視化されやすくなりました。例えば、従業員の離職率や人材開発の状況などのデータが開示されています。

2021年6月
東京証券取引所がコーポレートガバナンス・コードを人的資本に関する改定

ESG経営や無形資産を重視する欧米などで行われている流れが強いと言えるが、内容としては多様性重視で雇用関係の国内法制度も意識されている

2021年6月には、東京証券取引所により「コーポレートガバナンス・コード」が改定されました。コーポレートガバナンスとは、企業が社会的な立場や役割を踏まえて適切な意思決定を行うための仕組みのことです。

透明性や公正性を保ちながらも、速やかな意思決定を実行する目的で、コードが主要な原則を示しています。改定後は、人的資本の情報開示の義務化に関する内容が様々な事項で記載されました。

人的資本経営として「多様性の促進」また「人材育成方針」と「社内環境整備方針」が開示される原則が定められ、のちの有価証券報告書の開示事項にも影響を及ぼしているものと考えられます。

2022年5月
人材版伊藤レポート2.0公開

ESG経営や無形資産を重視する欧米などで行われている流れが強く、雇用関係の国内法制度への視点はほとんど見られない

2022年5月には、2020年9月に既に最初の版が公開されていた「人材版伊藤レポート」の2.0が公開されました。

2020年9月の報告書に対して、こちらには人材戦略のための具体的なポイントが記載されているのが特徴です。
「3つの視点と5つの共通要素」の内容が具体的に示され、人的資本経営を進める企業で参考にしていく位置づけであるとされました。

ただし、国内法で進められた「多様な働き方」に関する内容はほぼ見られません。経済産業省から発出された文書であることが原因の1つだともいえ、注意が必要です。人的資本経営に関する資料としては、1の要素が欠落していることを意識して読む必要があります。

2022年6月
新しい資本主義のグランドデザインと実行計画発行

国内の雇用関係の制度改善の流れ・ESG経営や無形資産を重視する欧米などで行われている流れの両方がいずれも重視されそれぞれ施策になっている

2022年6月には、今後の人的資本に関する整備がどのように進むのか、法令や制度の全体像が具体的に組み込まれた形で、内閣府より「新しい資本主義のグランドデザインと実行計画」が示されました。

これにより、有価証券報告書等での人的資本関係の情報の開示は2023年の決算期から開始されること、また関連して雇用関係の開示についての法制度も20222年から2023年に順次開始されることが明らかになりました。

2022年6月以降
労働関係の法令で人的資本関係の改正や制度が施行

国内の雇用関係の制度改善の流れとしての位置づけが強い

2022年6月以降「新しい資本主義」の政策決定に基づいて、急速に人的資本に関連する雇用関係の法制度が整備されました。

女性活躍推進法の改正と、男女・正規/非正規社員の賃金差の開示、副業ガイドラインの改定による副業方針の開示、育児介護休業法の改正による男性社員の育児休業取得率の開示義務、健康経営の強化と健康情報のより強化された開示などが迅速に進められています。

2022年8月
人的資本可視化指針が確定

国内の雇用関係の制度改善の流れと、ESG経営や無形資産を重視する欧米などで行われている流れの統合を目指す趣旨だと言える

2022年8月に「人的資本可視化指針」が確定し、策定されました。
人的資本可視化指針は、人的資本に関する情報開示の在り方に焦点を当て、既存の基準やガイドラインの活用方法を含めた対応の方向性について、包括的に整理した手引きとして編纂されたものです。企業で人的資本の情報開示を行う場合の包括的なガイドラインが定まったものだと言えます。

2023年1月
金融商品取引法の府令改正

国内の雇用関係の制度改善の流れ の視点が明らかに強いが、ESG経営や無形資産を重視する欧米などで行われている流れも十分に留意

2022年11月に金融商品取引法に関する企業内容等の開示に関する内閣府令の改正案が固まり公表されました。この中でサステナビリティに関する開示とともに、人的資本・多様性に関する開示内容が定まり、2023年3月31日決算以降の有価証券報告書から人的資本の開示が行われる予定となりました。

なお、開示内容としては、コーポレートガバナンス・コードと同じ人材育成方針と社内環境整備指針、また女性活躍推進法から女性管理職比率・男女賃金格差、育児介護休業法から男性育児取得率を開示することが定められました。

人的資本経営の流れから何が言えるのか
人材育成と、多様な活躍の実現の2つの実現

以上の形で、人的資本経営に関する実務を区分して制度の経緯について整理しました。以上の現在に至る人的資本経営の流れを理解した上で実務を整理すると取組みの全体像や位置づけが理解しやすくなります。

また、一般的な報道などでは「企業価値を算定する・資本市場で企業価値を上げていく」という、前記の内容で言えば、欧米のESG経営や無形資産を重視する情報が非常に目立つという特徴もあります。今までに見てきたように、人的資本経営においては実務的には、国内の雇用現場の課題に対応した多様な働き方やライフステージに対応するための取組への野が不可欠です。これは注意が必要です。

また「人材版伊藤レポート」については経営と人事の考え方として基軸にはなり得ますが、国内の多様な働き方に関する法令や制度についての記載がほぼなく、あくまでも「根本的な考え方」を示すものであるという点はよく理解する必要があります。国内の雇用関係の法令や制度については、人的資本経営の全体的な課題を意識して理解する必要もあります。今までの雇用制度の改革を重視した上で、エンゲージメントや人材ポートフォリオなどの人事測定に関する客観性もよく考慮してすべきだということです。

そして、人的資本経営の各企業での取り組みにおいては、日本の雇用環境の特殊性をよく考慮する必要があります。特に、働き方改革で目指された様々な属性の働く方がそれぞれに活躍でき、可能性を活かし得る環境になっているかどうかということが重要だと思います。

最も重要なのは、経営戦略に即した人材像の設定と育成、また広い意味での多様性の実現のための環境作りの2つをいずれも行っていくということです。

そのための具体的な考え方やツールとしては様々なものがあり、たとえば次の原稿以降で触れる、グローバルに進められているPay Gap、「男女賃金格差」の分析や、その課題の特定・改善施策等は、特に環境整備面で重視される個別の施策です。単に女性が活躍するということが目的なのではありません。

組織における働き方を硬直的でなくし、男性や他の様々な属性の方々、また様々なライフステージに直面したり、様々な個性を持っていたりする方の活躍を実現するためのものであると思います。