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TOPIX100企業のサステナビリティレポート等における人的資本開示の状況【宝印刷D&IR研究所】

作成者: Glocalist 編集部|Jan 27, 2024 2:37:10 AM

本稿は、宝印刷D&IR研究所より提供を受けたレポートを転載しているものです。知的財産権は宝印刷D&IR研究所に帰属します。

近年、人的資本を重視する論調が強まっている。「人的資本」と一口に言っても、多種多様な捉え方が存在するであろうが、経済産業省の「非財務情報の開示指針研究会」においては、人的資本開示の狙いとしては「価値向上」の視点と「リスクマネジメント」の視点の2つがあり、その区別を念頭に置き発信することが効果的な開示に繋がるとしている。

2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂には、企業の中核人材の多様性に向け、管理職における多様性の確保(女性・外国人・中途採用者)についての考え方と測定可能な自主目標を設定すべきこと、人的資本への投資等について、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきことなどが求められている。

さらに、2022年5月に発表された人材版伊藤レポート2.0(以下、人材レポート)においては、経営戦略と連動した人材戦略について3つの視点~①経営戦略と人材戦略の連動、②Asis–Tobeギャップの定量把握、③企業文化への定着~、人材戦略の具体的な内容について5つの要素~①動的な人材ポートフォリオ、②知・経験のD&I、③学びなおし、④従業員エンゲージメント、⑤時間・場所のとらわれない働き方~が示されている。人的資本経営を本当の意味で実現させていくためには、これら視点と要素を勘案し、「実践」と「開示」の両輪での取組が重要とされている。

また、2023年3月末決算企業の有価証券報告書(以下、有報)からは、公表義務を負う会社については、女性管理職比率・男性の育児休業取得率・男女の賃金の差異を【従業員の状況】において開示すべきことが求められている。そして、今回有報に新たに新設された【サステナビリティに関する考え方及び取組】においては、サステナビリティに関する取組等は、他の公表書類を参照することも想定されるとしている。

上記の規程等の改正は、主として(中長期的な企業)「価値向上」の視点を念頭に置いていると解される。
当研究所においては、人的資本に関して様々な調査結果の分析を行っているが(※)、2023年は人的資本に関して、各社の開示の充実が想定される。

(※)2023/2/8「統合報告書分析レポート~人的資本に関する記載状況の変化」
https://www.dirri.co.jp/res/report/2023/post1330.html
2022/11/30「ディスクロージャー分析~人的資本に関する開示分析」
https://www.dirri.co.jp/res/analysis/2022/post1307.html
ほか

そこで当研究員レポートでは、TOPIX100企業を対象として、統合報告書とサステナビリティレポート(ESGレポートなどの類似名称含む)等における人的資本開示の現状を調査した。
まず、TOPIX100企業のうち2022年に発行された統合報告書90社における人的資本に関する調査を行った結果、次頁の表1のようになった。

男性育児休業取得率(休暇取得者等の類似指標を含む)を掲載している企業は統合報告書発行企業90社中の20社強となっていた。これは、2023年3月期の有報から開示項目となるため、先行して記載を行ったものと解されるが、2023年は記載必須項目となることに伴い、統合報告書でもほとんどの会社が記載することが想定される。また、前述した人材レポートで言及されている5つの構成要素のうちの一つである「従業員エンゲージメント」(ウェルビーイングなどの類似表現を含む)の調査結果を掲載している企業は40社強、離職率を開示している企業は10社未満と少ない数となった。同様に人材レポートで言及されている3つの視点の中で、最重要とされている「経営戦略と人材戦略の連動」の取組においてCHROの設置が例として述べられているが、また広く人事部長のメッセージや人材関係の対談を掲載していた企業は40社となった。

続いて、TOPIX100企業の中で、サステナビリティレポート(CSRレポート、ESGレポート等の類似名称を含む)を発行している企業52社を対象として、人的資本に関する主要項目の記載状況を調査したところ、下記の表2のようになった。

従業員エンゲージメントの調査結果は52社中の28社で掲載されており、統合報告書90社における掲載割合よりも若干多い状況であった。また、自社の研修体系の説明にとどまらない(経営者人材・高度IT人材といった)人材のサクセッションプランを紹介している企業は20社、同じく最低一つのKPIに関して、前述した人材レポートで言及されている3つの視点の一つである「Asis-Tobe分析」を掲げている企業は20社、同じく3つの視点の一つである「企業文化定着への取組」(社長と従業員の対話会など)を紹介している企業は5社となった。2022年8月に公表された「人的資本可視化指針」において、可視化に向けてROICなどを参考とした逆ツリー展開が紹介されているが、健康経営マップ等を使用して、人的資本の向上に関する施策を紹介していた企業は6社見られた。

TCFD(気候関連財務情報開示タスフォース)に関しては、サステナビリティレポートとは別に単独レポートを発行している企業は数社見られるが、人的資本に関する単独レポートを掲載していた企業も2社見られた。
統合報告書であるかサステナビリティレポートであるか、WEBであるか、有報であるか、いずれかの媒体においては、その人材レポート等で言及されている内容を取捨選択しながら開示していくことが重要となるであろう。ただし、人材レポートでも言及されているように記載事項のすべてをチェックリスト的につぶしていくことは現実的ではない。

人的資本に関連する指標や数字の公表については、有報におけるサステナビリティ記載などで外堀りが埋められてきている現状であるため、開示しなければESG評価上のネガティブスクリーニングを受けるという外圧の側面が大きいかもしれない。しかし、例えばデジタル人材の獲得目標を経年で掲げることで、将来のその企業の動的な人材ポートフォリオをステークホルダーに訴求できるという側面もある。

指標は公表して終わりではない。自社が重要と考えるKPIを公表し、目標と現実のギャップを把握して、掲げたKPIに関しPDCAを回し、課題点・問題点について経営層で議論していくことで経営戦略と連動が図れ、結果的に企業価値の向上につながっていくであろう。
規則に定められているからなどの内向きな理由ではなく、求職者や投資家といったステークホルダーに自社の魅力を伝えるための手段として積極的に取組んでいくことが重要である。

有報において男女の賃金の差異の記載が求められるようになったのも、その差異が発生する原因など、構造的な理由をステークホルダーは知りたがっているということを肝に命じておくべきであろう。
人件費や教育研修費など人材関連費用はとかくP/L面だけに目が行き、短期的な費用対効果に目が向きがちではあるが、人的資本ツリーやエンゲージメント調査などの結果を通じて、人材関係の取組がどのように資本として積みあがっていくかを丁寧に説明していくことで、P/L面にとどまらない人的資本の効果が測定できるようになるのではないだろうか。

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